ブッ飛びドクターの海外貧乏旅行記(1)
フィレンツェでの学会

空飛ぶドクター






(1)トスカーナ紀行文(フィレンツェ学会)

2003年(平成15年)10/2〜10/11までの8泊10日でイタリアへ行ってきまし
た。学会の目的地は花の都、フィレンツェです。でも、JALのマイレージ特典航空券
(要するに、無料航空券)を使うので、直行便はミラノまでです。セリエAの柳沢のい
るサンプドリアのジェノバも近いのですが、アウェーながら、中田のいるパルマでの
試合が、幸い5日の日に予定されていました。ベネチアも近いし、コモもキレイだし、
色々迷いましたが、フィレンツェに行く途中になるボローニャ、フェラーラ、モデナをう
ろちょろしてからパルマへ試合を見に行くことにしました。もうほとんど日本語にもな
っているジェラートはやっぱりおいしいです。デザートで有名なティラミスのアイスクリ
ームもありますが、少しくどい気がします。今回、発見して私が一番気に入ったのが
ピスターチオです。最初は、色が白か茶色のイメージだったので、少しビックリしまし
た。でも、よく考えるとピスターチオの実自体は確かに緑色ですよね。最初見た時
は、抹茶にしては少し色が薄いし、メロンだろうかとか思いました。とにかく、めちゃく
ちゃおいしかったです。

まず、ミラノからパルマを通過してボローニャも通過してベネチア方向のフェラーラへ
行きました。何故、こんな珍しい所を知っているかというと、丁度数ヶ月前にテレビで
自転車の町として有名だと見て知ったからです。駅に着くと、予想通り、レンタ・サイ
クルがあり、のんびりと小さな町を回れました。

自転車の町、フェラーラはのんびりできてよかったですが、石畳の国、イタリアは決
して自転車には快適ではないです。ガタン、ガタンとクッションが悪いのです。小さい
カバンとはいえ、今は私もキャスター(車輪)のついたカバンですから、転がして歩く
のは結構うっとうしいです。車イスなんかで移動するのは大変でしょう。

フェラーラからボローニャに移動の列車では、うかつで日時の刻印を忘れました。バ
スも同様ですが、改札のないこの国(たぶん、ヨーロッパの多くの国)では、切符を買
うのは当然ですが、いつ、どの駅から乗ったかがわかるように、自分で各ホーム入
口にある機械で刻印しなければいけません。そうしないと何回も同じ切符を使えるか
らです。それを忘れていたのです。短い路線なのに、運悪く車掌さんがやって来まし
た。やばいと思いましたが、あっ、しまったというような顔をしていたら、あっさりと次
から気をつけろよという雰囲気で許してくれました。さすが、イタリアです。日本人に
は好意的なようです。

ここで、20年も前のことを思い出しました。私はイギリスはあまり好きではありませ
んが、イギリス人も日本人が好きではないと思います。その当時、旅の途中で知り
あった日本人はみんなイギリスで嫌な思いをして、悪口を言っていました。そのうち
の一組が、列車料金を二重に払わされたと言っていました。たぶん、このような状況
だったのでしょう。

日本人だけなら、まだしもですが。ロンドンの安ホテル(と言ってもロンドンなので結
構高い)で、英語の勉強のためにホテルで働いていたスペイン人の女の子二人と、
イギリス人の悪口で盛り上がってしまいました。彼女らも、飯はまずいし、英語の勉
強のためでなかったらこんな国なんか死んでも来ないと言っていました。私も同感で
した。

イギリスの飯のまずさは有名ですが、ロンドンで食べたイタリア料理(?)のスパゲッ
ティほどまずいスパゲッティは、未だにどこの国でも食べたことがありません。今まで
に会った人でたった一人だけイギリス料理がおいしいと言った日本の女性がいま
す。いくら、食べ物は主観が入るとはいえ、私は彼女に「味覚異常症」の診断を勝手
につけました。まぁ、まるで amore (love) しか頭にない(というよりただのスケベ
か?)私の友人のもりきゃんのように、mangiare (eat) しか頭にない私にとっては、天
国のイタリアと地獄のイギリスは両極です。

以前私の病院にいた女医さんは、ロンドンが好きらしくミュージカルを見に行くと二度
目の旅を楽しみにしていました。そういう目的ならロンドンもいいでしょう。でも、私な
ら迷わずニューヨークのブロードウェーへ行きます。


私 「でも、イギリスは食べ物がおいしくないでしょう。」
女医 「いいえ、ロンドンはおいしいですよ。」
私 「?!」
女医 「ロンドンのチャイナタウンの中華料理はおいしいですよ。」


乗り物の話に戻すと、電車も同様ですが、バスの中で切符が買えず、不便です。で
も、よっぽど運が悪くなければ見つからないことも多そうですが。今回は、真面目に
たばこ屋で多めに買い込みました。もし、余っても1枚 1 euro (イタリアではエウロと
発音)(約130円)程度なので、ケチな私でも迷わずに買いました。

翌日は、最古の大学がある(?)とかで有名なボローニャを昼間ブラブラしました。駅
の大きさでわかるように中都市で、例の如く迷わず高い塔に登りました。眺めがいい
ので、高い教会だとか塔には私はほぼ必ず登ります。運動不足になりやすい旅行
中にはいい運動にもなります。イタリアでおいしいものを腹一杯食べるためにも大事
です。大抵、エレベーターはなく、ひたすら階段を歩くのみです。期待通り、オレンジ
色に統一された瓦の家々などのイタリアらしい景色が一望できました。

午後は、モデナへ移動し宿泊することにしました。翌日がパルマでの試合ですが、
パルマは中田で日本人に有名になり過ぎ、その割には、ホテルも余りない程度の小
都市らしいと聞いていたからと、モデナが vinegar(洋酢)の中でも最上級のバルサミ
コ酢で有名な町と知ったばかりだからです。

モデナは思ったより大きな町でした。レストランでは、地元の名物料理をと注文する
と、バルサミコ酢で味付けした牛肉のステーキが出てきました。独特の甘さがあり、
変わった味でおいしかったです。もちろん、生野菜サラダはアメリカでもよくある
vinegar and oil(洋酢とオリーブオイル)のドレッシングで、しかもバルサミコ酢とエキ
ストラバージン・オイルで最高の味です。ミネストローネ(野菜)スープは、やはり北イ
タリアはトマトの赤い色は抜きでした。トマトの大好きな私は、南の赤いトマト入りの
スープの方が好きですが、トマト抜きでも非常においしかったです。バルサミコ酢は
オリーブオイルよりやや濃い色の普通の洋酢と違い、色も濃いブドウ色(紺色)で、
独特の風味と甘味があります。後で知ったのですが、色の通り原料はブドウで、しか
もウィスキーのように20年物とかがあり、年代物は値段も相当高いようです。日本
で売っているバルサミコ酢も全てモデナ産と書いています。

いよいよ5日の日曜日、朝早くモデナを出発する時は快晴だったのに、電車でたっ
た20〜30分のパルマに着くと大雨です!さぁ、困りました。心配していた通り、パ
ルマの駅は小さく、荷物預かりもコインロッカーもありません。今晩は、夕方の列車
でいよいよ学会場のフィレンツェなのでホテルに預ける訳にもいきません。もちろん
傘も持っていません。

こういう時には、冷静に!しかも、図々しく!まずは、駅前のカフェに入いります。
80 centisimo (cents)(約100円)のエスプレッソを立ち飲みします。ここで作戦を開
始します。人のよさそうなマスターに bagaglio (baggage) を hotel で預かってもらえな
くて困っているということを、イタリア語の単語とイタリア人並みの大きなジェスチャー
で説明しました。すると、あっさりカウンターの横に置いてくれました。ついでに、傘を
持ってないので "No umbrella!" と叫んで見ました。傘の単語なんか知りませんが、
ローマ字読みでウンブレラはラテン語っぽいです。たぶん、通じるだろうと思っていま
した。正解です!あっさり、奥から緑と青色の派手な、でもイタリアらしく決して下品
でない傘を持って来てくれました。自分の大事な傘だからちゃんと持って帰ってこい
よと言っているようでした。後で、調べたら傘は ombrello でした。だから、欧米の言
葉は楽しいのです。ちょっと訛っているだけで似たような言葉が多いからあてずっぽ
うの楽しみがあり、結構何とかなるのです。やはり、イタリア人は親切です。食べ物
もおいしいし、またまた、イタリアが大好きになりました。

さて、ようやく話はパルマのサッカー (イタリア語ではトトカルチョのカルチョです) の
日に戻ります。無事に、カフェに荷物を預け、傘を借りた私でしたが、幸いしばらくす
ると小雨になり、小さな町そうだし、午後3時からの試合なのにまだ10時過ぎなの
で、ブラブラと歩き始めました。小さな川沿いを歩き始めました。よく、こんな小さな町
にセリエAのプロチームがあるなぁと不思議です。日曜日なので、ほとんどの店が閉
まっています。それで、尚更活気がないのでしょう。食いしん坊の私は、レストランが
見当たらないのが気になっていますが、ブラブラ歩き続けます。正午が近づいてきた
ので、入場券も買わないといけないので早めに競技場 (stadio; stadium) へ行こうと
バス停へ行くと何のことはない次の停留所が stadio と書いています。もう少し歩くこ
とにしました。「 Dov'e il stadio?; Where is the stadium? (競技場はどこですか?)」
貧乏旅行には、この「どこに?」という文章は必須です!やはり、近そうです。方向を
確認して、歩き続けるとサンプドリアの選手のバスがすれ違います。間違いない!
競技場に着くと、まずあわてずに様子を探ります。ダフ屋がいそうかどうか?でも、
たぶん正規の入場券が買えるでしょう。旅慣れている私の勘は鋭く、たいていの場
合は当たります。

小康状態だった雨足が強くなってきました。入場券売り場を覗くと、運のいいことに
日本人の女性がいて、どうもイタリア語ができそうです。こういう時は遠慮なく利用さ
せてもらおう。お陰でスンナリいい席が取れました。英語圏を中心に、私自身ずいぶ
ん人助けをしてきました。たまには、逆の立場に甘えてもいいでしょう。一番高い中
央席 (centrale)(105ユーロ)は避け (laterale)75ユーロにしました。但し、当然柳沢
のいるサンプドリア側です。前列6列目。ちなみに、donna (女性)は優遇されていて
半額以下(35ユーロ)のようです。傘は借りてきましたが大雨になってきたので、念
のために3ユーロの雨合羽を買いました。ついていません。何もよりによって、大事
な試合の日に雨が降らなくてもいいのに。

さぁ、昼食だ。大リーグだったら、ホットドッグ程度しかありませんが、ここはイタリア
です。「 Dov'e una trattoria?; Where is a restaurant? 」と聞いてみると、すぐ近くにレ
ストランがあるということです。素晴らしい!試合の前に、ちゃんとした食事ができる
とは、さすがイタリアです。bistecca(beef steak) と野菜サラダを注文します。段々、
込み合ってきますが、アウェーのサンプドリアのサポーターが続々とやって来ます。
段々、試合の緊張感が伝わってきます。私が、食事を終えて外へ出るころには人が
溢れていました。早めに食事を終えて正解でした。

近くのスタンドで、家族のお土産として1枚16ユーロのゲームシャツを6枚買いまし
た。かみさんと娘には、ベッカム。サッカーをやっていた長男には、大のファンなので
ジダンのを。次男と三男には中田のを。自分用には、もちろんサンプドリアの柳沢の
が欲しかったのですが、ないのであきらめて中田にしました。

二時頃、早めに中に入いりました。幸い、雨はあがりました。競技場は割りと小さく、
たぶん2万人程度しか入らないでしょう。試合前のアップでは、柳沢の姿も中田の姿
もないので不安でしたが、ベンチ入りの選手発表では二人とも名前がありました。試
合は1−0でパルマが先制しました。期待の後半、目の前で柳沢がアップを始め、後
半20分過ぎに登場しました。意外なことに中田の登場はその後で後半30分近くで
した。地元パルマ のユニフォームは私の地元、Jリーグの大分トリニータと同じ青と
黄色でした。試合はそのまま終わりましたが、我が「Yanagisawa」はまぁまぁでした。
中田は余り目立たなかった試合でした。


番外編:

> もりきゃんです。

> またのところに穴のあいた深紅のパンティを3000円で買い
> ました。忘年会で頭にかぶって遊び、その後スナックのママ
> にプレゼントするつもりで鞄の中に入れていたら、ついさっき
> 家族に見つかりました。人間のクズのごと言われておこられ、
> 悲しい気持ちです。


上記の「もりきゃん」程ではないですが・・・ 今回の私の一連のイタリア紀行でわか
るように、私は「貧乏旅行」「体験旅行」が基本的に大好きで、先日放送された「視聴
者レポーター版世界ウルルン滞在記」に家族に内緒で応募しました(8000人以上の
応募があったそうです)。ところが、わざわざ葉書で落選のおことわりの連絡がきた
のです。かみさんには、最大の軽蔑と呆れた表情で「合格してたらどうするつもりや
ったん?また、学会に行くとか言って一人でこっそり行くつもりやったん?」と言わ
れ、子供たち4人にも嘲笑されました。末っ子のニタニタして「お父さん、ウルルンに
応募したんやろ?!」のことばは今でも耳に残っています。でも、実はこの子が一番
私の血を引いていて、ウルルンの中でも、先進国よりもジャングル編が大好きなの
です。

サンプドリア対パルマのスピード感のある試合の余韻を楽しみながら、てくてく歩い
てパルマの駅へ向かいました。試合の直前からはずっと雨は上がっていました。頭
の中では、さすがに図々しい私もカフェのマスターにチップを渡したほうがいいかど
うか考えていました。5ユーロにしようか10ユーロにしようかとも迷っていました。結
局、カフェに着いた私の右手の中には、5ユーロ札が一枚ありました。まず、マスタ
ーを見つけ、イタリア人に負けないくらい大げさにお礼を言い (Tanto grazie!)、傘を
返しチップを渡そうとしましたが、マスターは受け取らず、若いのにやってくれという
ジェスチャーだったので、カウンターにいたウェーターにチップを渡しました。

夕方の列車に乗る前に隣の pizzeria に入りました。私の食べ物の嗅覚は鋭く、この
ピザ屋はパスしたかったのですが、他に店が開いてなかったのです。日曜日です。
中に座って食べたピザは悪い予感通り、いまいちでした。おいしいのが当然のこの
国では、まして今回の旅でも数少ないハズレでした。でも、野菜サラダはおいしかっ
たです。素材の野菜が新鮮だからでしょう。日本人の大学生風の若者が中に入って
来て中で食べたら値段が違うのかと英語で聞いていました。でも、ウェーターには英
語が通じないようです。そこで、「学生さん、値段が違うのはこの辺では常識だよ。」
と教えてあげました。コーヒー(当然、エスプレッソ)の立ち飲みはもちろん、立ち食い
も安いようです。中に座って飲み食いすると、パン代とサービス料ということで、2〜
3ユーロ余計にかかるようです。合理的でいいシステムだと思います。それと急ぐ時
には便利です。いつも思うのですが、パスタがおいし過ぎるせいか、パンだけはイタ
リアはいまいちに感じます。他のヨーロッパの国のパンは非常においしいのですが。

夕方のパルマからフィレンツェへの列車はこの国らしく、30分程出発が遅れました。
試合を見に来ていた日本人も多く、この列車にも多くの日本人が乗っていました。せ
っかく、1等席の予約を取っていたのに、乗り込んだ場所が悪く、狭い通路にあふれ
かえった人で動けず2等席でしかも立たされました。同じようなアホな3人組の日本
人と話しました。彼等も同じく1等席の切符を持っているのですが。彼等をサッカー
場で見かけた気がします。熊本から来たそうです。仕事のような用事で来たついで
にサッカーを見に来たと言います。意味不明です。怪しい連中です。夜、10時過ぎ
にフィレンツェに着きました。さすがの私も学会場のホテルは予約してあります。私
にとってはリッチな105ユーロもするホテルです。バス・タブもちゃんと付いていま
す。私は何度もヨーロッパに行きましたが、バス・タブの記憶はほとんどありません。
せいぜいシャワー付きです。

ここで、誤解のないように強調しておきます。少し寄り道しましたが、次の4日間は真
面目に学会に行きました。朝早く起き、私にしては贅沢なパン、コーヒー以外の生ハ
ムやジュースやチーズの朝食(ホテル代込み)を済ませ、学会場へ歩いて行きま
す。バッソ要塞 (Fortezza da Basso) を利用して学会場にしています。さすが、歴史
のあるフィレンツェです。今回の学会は ICS(International Continence Society)と言
います。直訳すると「国際(尿)禁制の学会」です。ちょっとややこしいですが、尿失禁
(いわゆる、お漏らし)の反対の意味の尿禁制(尿が漏れないこと)という名前の国際
学会で、排尿障害の学会で泌尿器科の中でもマニアックな、でも大事な学会です。
癌学会のように生死にかかわる病気ではないですが、QOL(生活の質)の上では非
常に大事です。

私自身はもっとマニアックな「間質性膀胱炎」に最近興味を持ち、今年の3月には京
都での国際会議に co-moderator として参加しました。その時に知りあった多の世
界中の医者もこの学会にも参加していました。来月は、ポスター発表ではあります
が、ワシントン D.C.でのNIH(米国立衛生研究所)の「間質性膀胱炎」会議に出席の
予定です。「間質性膀胱炎」は日本ではまだ泌尿器科医にも余りはっきりとは認知さ
れてない病気ですが、実際には尿失禁と同じで苦しんでいる患者さんは相当いるは
ずです。一言で言うと、原因不明の「膀胱痛や頑固な頻尿」の症状を呈す難病です
(もちろん、ありふれた細菌性の膀胱炎ではありません)。

日本だけかと思っていましたが、他の国でも「尿失禁」は病気とは思われていないら
しく、実際には膨大な数の患者さんがいるのに、病院に来るのはその内の何分の一
にも満たないようです。「膀胱」の問題という認識もないので、日本では特に女性が
婦人科や内科へ行くことも多いようです。若い医者はともかく、年配の婦人科や内科
の開業医は不勉強な人も多く、医者自身が「尿失禁」を病気とは思っていないし、ま
してや色々な適切な治療法(骨盤底筋群体操、薬、手術等)があるのを知りません。

国際学会であり、600ユーロもの大金の参加費を払って会場へ入りました。さすが
に、立派な黒カバンをもらえました。いつもは中途半端なカバンをもらう(買わされ
る?)のですが、今回のは使えそうです。大きさが丁度いい。高い学会だけあって、
無料の昼食があるらしいので、昼休みに昼食会場へ行くとビックリしました。昨日、
列車で一緒だった3人組の日本人がいたのです。彼等も私と同様に、学会前に試合
を見に行っていたのでした。彼等は、K大の泌尿器科の若手の医者でした。K大の
医局も貧乏らしく、ポスターとはいえ、自分の発表もあるのに一銭もお金が出ないら
しいです。Q大も以前より貧乏ですが、交通費の一部くらいは今でも出るはずです。
でも、淋しいことにQ大からは誰も参加もしていない。Q大の停滞は寂しいです。

前日のサッカーの試合の柳沢の記事が読みたくて、ピンクの派手な新聞、ガゼッタ・
デロ・スポルトを買いました。悪い癖で人の新聞を盗み読みして、どうもこの派手な
色の新聞がスポーツ新聞らしいとメドをつけていたからです。le pagelle という欄があ
り、どうも日本でも聞いたことのある試合毎の各選手の評価点のようです。
Yanagisawa は6です。やはり、まぁまぁの評価のようです。Nakata は s.v. となってい
ます。たぶん、短じか過ぎて評価不能なんでしょう。記事の中に Yanagisawa の名前
があるのを数ヶ所見つけました。さすがに、読めません。学会場の受け付けのイタリ
ア人の女性に訳してもらおう。でも、面白いことに気がつきました。やはり、こういうス
ポーツ記事は筆者の主観が多く、どうも女性陣にはよく理解できないらしく、うまく訳
してもらえません。仕方がないので、数少ない受け付けの男性を探して訳してもらい
ましたが、今一つよく理解できませんでした。残念!

今回の学会は場所が場所だけに、みんながレオナルド・ダ・ビンチの解剖を引用し
て称賛していました。今学会のシンボルマークもしゃれた絵文字で Firenze の英語
名の Florence と書いてあり、ミケランジェロの彫刻「ダヴィデ」の写真を使っていま
す。国際学会の楽しいところで、発表者にも色々ユニークな人がいて、ある北欧の人
は学会発表なのに長々と3分間くらい自分の都市の観光案内をしていました。

学会2日目、昼休みを利用して、観光の定番らしいミケランジェロ広場へ行くことにし
ました。もちろん、市バスのautobus(アウト・ブスと発音する)で。タクシーは私にとっ
ては、よっぽどの時の贅沢です。アルノ川を渡って、小高い丘の方へバスは進みま
す。途中で適当に下車してtrattoria に入りました。地元の人しかいないようです。こ
ういう所は期待できます。サラダ、スープ (Zuppa)、パスタ、フィレンツェ風Tボーンス
テーキ (Bistecca alla Fiorentina)を注文します。海岸から遠いフィレンツェは、魚介
類でなく、肉が有名でこのTボーンステーキが名物らしいです。自分で塩・コショウす
るアメリカのステーキも嫌いではありませんが、ちゃんと最初から味付けしてあるス
テーキも非常においしかったです。期待通り、この店は観光客がいないぶん安くてお
いしかったです。60分以内なので、新たな切符を使わずにバスに乗れました。

イタリア料理はおいしいのはもちろんですが、栄養学的にも健康にいいらしいです。
日本旅行医学会の東京慈惠医大の内科の助教授の講演では、イタリア(地中海)
料理はオリーブオイルや魚の油が中心で不飽和脂肪が多く、パスタ(小麦粉)を肉
や魚の前にまず食べるということは、複合糖質をしっかり摂るという面で好都合で
す。植物油の中でもオリーブオイルは名前の由来通り、オレイン酸が特に多く、これ
がLDL(悪玉コレステロール)を下げる。しかも、大量生産に化学処理が不要であ
り、わかりやすく言えば、しぼりたてのフレッシュジュースのようなものがオリーブオ
イルです。でも、やはり和食がと言う日本人も多いのですが、実は日本料理でも隠し
味でオリーブオイルはすでに多用されているそうです。湯布院温泉の有名旅館で
も、隠し味としてオリーブ油は使われているそうです。私の大好きなイタリア料理が
ここまでほめられると、嬉しくて学会中なのに拍手しそうになりました。私は、色々な
学会に参加しましたが、これ程嬉しくなったのは初めてです。

本当かどうか知りませんが、イタリアの国旗の赤、白、緑はそれぞれ、トマト、ガーリ
ック、オリーブを象徴しているという説もあります。

天皇陛下で有名になった前立腺癌は、膀胱癌と並んで泌尿器系の癌の中でも喫煙
が明らかなリスクファクターです。人種差と食生活が左右する癌で、日本人<ハワイ
の日系人<アメリカの白人<アメリカの黒人の順で頻度が増します。高脂血症がリ
スクファクターで、トマトに沢山含まれる坑酸化作用を持つリコピンが予防になり、イ
タリア料理で頻用されるオリーブオイルで少し炒めると、吸収率も特にいいと、最近
読んだ論文には名指しでイタリア料理がほめられていました。

ミケランジェロ広場は、お上りさんが必ず来るだけあって、確かに眺めはいいし、フィ
レンツェの象徴であるドゥオーモ (Duomo; Cattedrale) をバックに写真を撮って、「フ
ィレンツェに行って来た」と自慢したい向きには最高のスポットのようです。へそ曲が
りな私は、ジェラートを食べながら40分程、誰も見ない反対側の郊外の景色も楽し
みながら、のんびりと過ごしました。驚いたことに、その間にも、日本人のツアーのバ
スが3台、韓国人のバス1台、たぶん他のヨーロッパからのバス1台が続々とやって
来ました。いつも思うのですが、どうして観光バスはあんなにバカでかいのでしょう。

私の出身地の大分県人、ラテン気質説があります。私の一つのこじつけは、まず言
葉に共通性があります。「〜ち、ほいち(そして)」「〜ちょる、わかっちょる(わかって
いる)」という風に、「ち」、「ちょ」の音が多いのが大分弁です。イタリア語は ci を
「ち」、ce を「ちぇ」と発音するので同様に「ち」と「ちぇ」の発音が多いので似ていま
す。

私の尊敬する先輩の医学部教授が、ボストンのハーバード大学の留学から帰国し
て会った時に、「何か知らんけど、スペイン語っちゅうのは、チンコ・マ○○ばっかし
言ってるなぁ!」と言っていました。アメリカのラテン化はすさまじく、ニューイングラン
ド地方まで、スペイン語を喋るヒスパニックが結構いるようです。上記の説の私なり
の解釈は、スペイン語で5が cinco (シンコ)で、イタリア語では cinque (チンクェ、チ
ンケ)です。だから、その先生の耳にはチンコと聞こえたのでしょう。

学会場には、医療機械メーカーや製薬会社の展示ブースがあります。もちろん、宣
伝のためです。海外の学会の場合、日本ではまだ認可されてない道具や新治療法
の情報が入ります。お陰でコーヒーくらいはタダで飲めます。バイアグラで有名なファ
イザーのコーナーには、日本人の参加者のためにイタリア語のわかる日本人女性
がコンパニオンとして雇われていました。彼女はイタリア人の男性と結婚しているら
しく、色々な事を聞きだしました。

まず、イタリアでは自宅にバス・タブが全くない家庭も珍しくないそうです。やはり、
「風呂」はシャワーで身体を清潔にするだけの場所のようです。日本人には「風呂」
とは呼べないです。だから、当然安ホテルにはバス・タブはないのです。通貨がリラ
の時には、10万 centomila (hundred thousand) とか言っていたのに、ユーロに変わ
ってからは、13とかの小さい数字に変わっています。そのどさくさで、かなり物価は
上がったようで、お年寄りは通貨の変化についていけないようです。

イタリア男性はスケベで有名ですが、本当だそうです。公務員がワイロを要求した
り、女性の体を要求したりで逮捕される事件が珍しくないそうです。彼女が「イタリア
の男性は・・・」と言うと、だんなさんは、むきになって怒るそうで、「ほとんどのイタリ
アの男性は・・」と訂正させるそうです。やはり、すごい国ですね。皮肉なことに、身体
にいい美味しい食事をし、人生を楽しんでいるせいか、この国も少子高齢化の問題
は深刻なようです。

最後の夜は、場合によってはミラノまで行って宿泊しようと思っていたので、最後の
フィレンツェのホテルは予約していませんでした。で、結局4泊したホテルは悪くはな
いですが、105ユーロ(1ユーロ=130円)もする割にはたいしたことなかったので、
結局2つ星の50ユーロの安ホテルに移りました。バス・タブがシャワーに変わった
だけで私には、身分相応で快適でした(不必要なビデは必ずついています)。テレビ
までついています。但し、安ホテルは1階にフロントもなく、ベルを押すと中から鍵が
開き、軽い荷物を持ち上げて歩いて2階に上がるとフロントがあり、また歩いて3階
の部屋まで上がります。こういう時のためにも、貧乏旅行には荷物は最低限にして
おく必要があります。

最終日は夜9時半のミラノからのフライトなので、朝早くウッフィツイ(Uffizi) 美術館へ
行きました。前日で学会は終了しています。ここで私は「大発見」をしました。朝早く
行ったので、予約券もなかったが、あまり並ばずに中へ入れました。ルネッサンス発
祥の地、フィレンツェの美術館だけに14〜16世紀の絵画を中心に展示していま
す。さすがに、ボッティチェッリの作品くらいは知っていましたが、同じ部屋に有名な
「春(Primavera) 」と「ヴィーナスの誕生」がありました。こういう所では、ツアーの客
のガイドが解説しています。勝手に近づいて聞くとタダで説明が聞けます。イギリス
のツアーらしいところに近づくと英語版の解説も聞けます。

部屋どうしもかなりつながっているのですが、廊下もあります。そして、廊下には主
に彫刻が置いてあります。男性の肉体美・筋肉美を表現したものばかりです。何故
か、女性の裸の彫刻はありません。さすがに、彫刻は素晴らしくかなりリアルです。
高い所にあるので、ちょうど生殖器が目の前にあります。陰嚢、陰茎、包皮がよ〜く
観察できます。20体程じっくりと観察したところで気がつきました。少なくとも15世紀
頃のイタリアの男性はみんな立派な「包茎」です。日本人に多い柔らかそうな包皮の
余った、軽い「仮性包茎」ではなく、イタリア人のそれは「真性包茎」に限りなく近い、
しかも包皮が慢性炎症をおこして少し堅くなっている「包茎」です。亀頭部はほとんど
見えない。感動しました!名作です。ここまで、解剖学的に観察できる程、精密に彫
られているのです。イタリアは彫刻も素晴らしい!

感動とともに、昼過ぎのミラノ行きの特急列車に乗りました。地理的に北部にあり、
他のヨーロッパの国を回る時に途中になるので、何回もこの Milano Centrale (ミラノ
中央駅)には来た事があります。いつ見ても、バカでかい駅でターミナルのホームは
3階か4階にあるイメージです。まず、マルペンサ国際空港に行きやすいようにノル
ド駅 (Nord; north) へ地下鉄で移動。ギリギリの時間の切符を買います。そして、コ
インロッカーを見つけます。セントラル・コントロールのようで、カバンを入れ、中央に
コインを挿入すると、自分のロッカーの所の目印の色が緑から赤に変わり、使用中
を示します。しゃれ過ぎている、ちょっと不安です。このイタリアでちゃんと作動する
のでしょうか?

身軽になったところで、もう一度地下鉄に乗り、有名なミラノのドゥオーモ (Duomo)
へ行きます。以前に見たことはありますが、残念ながら今回は修理中で広場に面し
た正面は全て幕で覆われていました。アーケード街の pizzeria でピザを食べます。
おいしかったですが、場所柄か結構高かったです。そして、ノルド駅へ戻ります。ま
だ少し時間があるのでブラブラすると、立派な古城がありました。駅に戻ろうとすると
方向がわからなくなりました。「Dov'e la stazione?; Where is the station?」またしても
役に立つ表現です。あまり、時間に余裕がありません。悪い癖でぎりぎりまでうろち
ょろしたいのです。コインロッカーへ戻り、コインと引き換えに出てきたトークンを中央
に入れます。すると、自分のロッカーの所の目印の色が赤から緑へ変わり始めまし
た。でも、途中で止まってしまいました。パニックです!嫌な予感が当たりました。時
間がない。大したものは入ってないが、カバンを捨てて飛行機に乗ると二度とカバン
を取り戻すのは不可能でしょう。でも、国際線に乗り遅れます。裏側に人がいます。
とにかく、叫んで助けを求めました。幸い、マスターキーで開けてくれました。原因は
私のカバンがロッカーの大きさに対して大き過ぎ、中から押していたかららしいです。
ともかく、空港列車にぎりぎり間に合い、飛行機に無事に乗れました。

本来なら、土・日・月(祭日)の3連休ぎりぎりに帰ってくるのが私の当然のスケジュ
ールですが、今回は珍しく土曜日に福岡へ帰ってきました。なしか?翌日の日曜日
に町内会の運動会でリレーに出るためです。小さい頃から足の速かった私はリレー
ではいつもスターでした。未だに、リレーは大好きです。福岡に帰って15時間後に
予選とたぶん決勝の2回走る予定です。ミラノから成田への機内では、いつも以上
に水分摂取に気を配り、むやみに機内をうろちょろし、ロングフライト血栓症(エコノミ
ークラス症候群)の予防をしました。こうして、私の6回目の、でも何と15年ぶりのイ
タリア旅行は無事に終わったのでした。








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ブッ飛びドクターの海外貧乏旅行記(2)欧州家族旅行