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ブッ飛びドクターの海外貧乏旅行記 (10)新婚旅行 【新婚旅行へ出発】 もう20年以上も前のことですが、我ながら新婚旅行はユニークだったと思います。 まず期間は24日間。もちろん、豪華な新婚旅行ツアーなどではありません。むしろ、 一言で言えば「貧乏旅行」です。格安航空券はその時調べた中で一番安かったパ キスタン航空。もちろん、南回りで、台北、バンコク、カラチ、ドバイを経由してようやく アテネです。30時間程かかります。客が少しずつ入れ替わるので、毎食立派な食 事が出ます。当時の私は嬉々として、全食平らげていました。帰りの切符はパリから です。行き先は、はっきりとは決めていません。私の好きな気ままな旅行です。22日 後までにパリに行けばいいだけです。3週間の列車の周遊切符、ユーレイルパスを 買っています。 その時はあまり深く考えていなかったのですが、今考えるとよく彼女の両親がこんな 新婚旅行を許してくれたなぁと思います。まだ相手(つまり私のことですが)のことも よく知らないのに、こんなホテルも行き先も決めていない長期間の旅行です。しか も、現在と違って携帯電話もないので連絡もつきません。今、私には4人の子供がい ます。娘も一人います。彼女の両親は余程私のことを信頼してくれていたのでしょ う。彼女のパスポートの名字を変えるために、結婚式の3週間も前に籍だけ先に入 れるということも簡単に承諾してくれました。 パキスタン航空と聞くとみなさん不安がります。大丈夫?かと。でも、私の思考回路 で言うと、こういう国のパイロットは空軍上がりなので、むしろ腕はいいらしいので、 むしろ安心です。但し、真偽のほどはわかりません。私は都合よく信じています。確 かに、機体は古くてボロでした。離陸の時には、空席のリクライニングシートは全部 前に倒れていました。万が一、落ちて死んだ時の保証金は安いとは思いますが、新 婚当時の私には親に大金を残してもしょうがないので気にもしていませんでした。し かも、高校のアメリカ留学の時、初めて乗った飛行機が全てジャンボ機ばっかりで、 それ以来の飛行機マニアである私にとって、飛行機は楽しい乗り物であり怖い乗り 物ではありません。いまだに、飛行機に乗っているだけで嬉しい単純な私です。 【カラチのトイレ】 但し、途中で立ち寄ったパキスタンの大都市、カラチの空港ではすごい「ひやり」とす る経験をしました。私は空港でトイレに行きました。ちょっと変わったトイレでした。中 に誰もいなかったのですが、ちょうど懐かしい田舎のトイレのように仕切りもなく、少 し溝が掘ってあって壁に向かって立ちションベンするタイプです。でも、きれいなトイ レでした。ズボンのチャックを上げ、トイレを出ようとすると入れ違いに一人の男性が 入って来ました。ちょっと気になったので、何気なく見ていると何とその人は跪くと、お 祈りを始めたのです。そこで初めて私は気がついたのです。そこはトイレではなく、 神聖な礼拝場だったのです。呑気な私も冷や汗がド〜ッと出ました。もう5秒でも私 の排尿時間が長かったら(当時の私は若く、前立腺肥大症もないので尿勢は良好で した)、私はその人に見つかって、どんな目にあっていたかと考えるとゾ〜っとしまし た。「新婚旅行の男性、パキスタンの空港で侮辱罪で逮捕され、死刑に!」というよ うな新聞の見出しが頭に浮かびます。何せ、ここは敬虔なイスラム教徒の国です。 今思い出しても、冷や汗ものです。時々私はとんでもない勘違いをします。思い込み です。少しでも、この国が開発途上国で云々とバカにした気持ちがあったのかもしれ ないと大いに反省しました。冷静に考えると、国際的な空港のトイレが私の田舎の、 しかも何十年も前のものと同じような野蛮なはずがありません。 【まずはヨーロッパのアテネへ】 最初の行き先をアテネにしたのには理由があります。アテネは格安航空券の店が 多いと聞いたからです。しかも、ヨーロッパでは学生が大事にされるのを知っている 私は、当時大学院生とは言え学生なので、大学生協で国際学生証を作って行った のです。準備万端です。ところが、いくら学生でも31歳では学生証は使えないと言 われたのです。しかし、そんなことにはへこたれないのが私です。あきらめずに格安 航空券の店を5〜6軒回って、ようやく学割が使える店を見つけました。しかも、その へんがいい加減で、25歳のかみさんは学生でもないのに、「ついでに」学割が使え ました。この辺が、大陸的でおおらかで大雑把でいいですねぇ。但し、スペインから ジブラルタル海峡を渡ってアフリカに行くことも考えていたのですが、適当な格安航 空券がなくあきらめ、代わりにトルコのイスタンブールへ行き、その後スペインのマド リッドまで一気に飛んで、それからゆっくり列車で東に行くことにしました。 【エーゲ海のミコノス島】 ただ、イスタンブールに行く前に、現地の2泊3日のツアーでエーゲ海のミコノス島へ 船で行きました。これが、気楽な自由旅行のいい所で、現地で知り合った家族連れ の日本人にどこかいい所はと聞くと、是非と勧めてくれました。確かに、素晴らしい島 でした。石造りの建物は全て白色に統一され、青い空と青い海とのコントラストが素 晴らしいのです。ホテルの部屋からの眺めももちろん最高です。パックツアーのホテ ルで私としてはむしろ珍しく高級なホテルでした。一時期、日本のコマーシャルで同 様のきれいな風景が流れていました。 何の情報もなく、二人で気ままにビーチに出ると何か変です。みんな裸なのです。し かも、よ〜く見るとみんな男です、しかもカップルなのです。後で、ガイドブックで調べ ると「スーパーパラダイスビーチ」と言うホモで有名なヌーディスト・ビーチでした。余 りにわかりやすい名前なのでいまだに覚えているのです。翌日、もう少し奥のビーチ に行くと「健全な」ヌーディスト・ビーチでした。同じく後で調べると「パラダイスビーチ」 と言う名前でした。ここは健全で女性もいるのですが、一番感心したのはあそこから タンポンのひもが見える女性がいるのです。その根性には圧倒されました。かみさ んと顔を見合わせました。たぶん、日本の女性では無理でしょう。確かに、この世の 「天国」のような場所でした。 ミコノス島からフェリーでアテネの外港ピレウスに帰りついたのは、もう夜でした。寝 るだけなので、2人で約千円の安ホテルを見つけました。私は、さっさと寝たのです が、二人で寝るとベッドがたわみ、かみさんは眠れなかったそうです。その時は新婚 で彼女も我慢していたらしく、何も文句言わなかったのですが、後からはあんなひど いホテルはなかったと、事あるたびに言われました。しかも、新婚旅行なのに!と。 高知出身の彼女は決して気の弱いほうではなかったので、後からずい分と嫌味を言 われました。その時点で文句を言えばいいのに、その時はさすがに新婚で遠慮して いたのでしょう。でも、その時の私がそんな事に気づくはずもありません。私のマイ ペースで旅は続きます。 【イスタンブール】 トルコという国に対しては、アジアとヨーロッパの中間地点という認識しかありません でした。でも、イスタンブールに行ってみると非常に親日的な国だとわかりました。 我々が日本人だとわかるとみんな非常に親切なのです。失礼ながら、日本人にはそ んなに馴染みのない国なのに、トルコ人の片思いのように私には感じられました。食 べ物も具体的に書くほどの印象はないのですが、おいしかったです。世界の三大料 理に、フランス料理、中華料理、トルコ料理と言う場合もあるようですが、そこまでお いしいという記憶はありません。私にとってはイタリア料理がダントツに世界で一番 です。 ある晩は、少し体調が悪いと言うかみさんをホテルに残して一人で怪しげな地域を 歩き回り、ベリーダンスを見ながら食事のできるレストランへ行きました。客の参加を 求めた踊り子の誘いに乗り、Tシャツを捲り上げて踊った私のベリーダンスは何故か アメリカ人の観光客にバカ受けでした。踊り子は調子に乗って踊っている私をお尻を 使ってぽんと客席へ押し戻すのでした。なかなかしゃれた演出です。 【マドリッドで入院】 飛行機でイスタンブールからマドリッドまで一気に移動したわけですが、その頃から かみさんの下痢と嘔吐がひどくなりました。もちろん、私と同じようなものしか食べて いませんし、大食いの私の半分も彼女は食べていませんので、食中毒ではなく疲れ といわゆる水や油が合わないための下痢です。医者の私としてはあまり心配してい ませんでしたが、日に日に衰弱していくのがわかります。脱水状態でへなへなです。 さすがに私もこれは入院させて点滴をしてもらう必要があると考え、病院を捜しまし た。せめて、英語のわかる病院をと思い、何とか米軍とスペインの共同病院を見つ けました。予想通り、スペインの医者は入院を指示し、点滴をすぐに始めました。 翌朝、彼女を見舞いに行くと彼女は不安一杯の表情をしていました。開口一番、ス ペインの看護婦さんは怖いと私に訴えるのです。部屋に入って来るなり、"おら!"と 怒ると言うのです。彼女には悪いけど私は笑ってしまいました。スペイン語も少しは 遊びでかじっている私にはピンときたからです。スペイン語の「Hola!」はつづりで書く とわかりやすいのですが、英語の「Hello!」のことです。但し、フランス語同様Hを発音 しないので、「ほら!」ではなく、「おら!」になるのです。それを知らない彼女はただ のあいさつを、朝から「おら!」と怒られたと勘違いしていたのです。かわいそうに、 心細かったのでしょう。結局、2泊3日の入院で何とか退院できましたが、幸い入院 費も日本円で6万円程度でした。しかも、クレジットカードが使えるので支払いもスム ーズでした。その当時の私の頭の中に海外旅行保険などはほんの少しもありませ んでしたが、運が強くそんなに医療費が高くない国で病気をしたのでした。 【列車の旅スタート】 マドリッドからは列車の旅です。同じスペインのバルセロナへ行き、ガウディの聖家 族教会はもちろん、ガウディ公園やピカソ美術館、そして動物園へ行ったのです。こ この動物園は白いゴリラで有名でしたが、私たちが気に入ったのはオランウータンで した。彼女にも最初に紹介した東京の私の悪友に雰囲気がそっくりだったからです。 余りに似ているので、二人でゲラゲラ笑ってしまいました。そのオランウータンに何 度も名前を呼びかけて遊んでいました。 ある夜、フラメンコを見に行きました。適当に調べて行きました。着いた私はビックリ しました。適当に調べただけなのに、数年前に一人でバルセロナに来た時と同じタ ブラオにやって来たのです。我ながら、ワンパターンだなぁとあきれました。フラメンコ は素晴らしいのですが、うかつにも途中でうたた寝をしていたら、踊り子に起こされ ました。 そして、地中海沿いに東へ進み、いつの間にかフランスにいる私たちでした。ニー ス、マルセイユ、そしてモナコへ。やはり、フランスは食べ物もおいしく、これらの都市 は海に面しているので、泳いだりしてのんびりできました。モナコでは、私はいつもの ようにカジノでブラックジャックを楽しんでいました。この時は調子がよく、勝ちまし た。暇なかみさんはカジノをぶらぶらしていたようですが、途中で芸能人のような超 カッコいい美男・美女がカップルでやって来て、みんな振り返っていたそうです。何 で、私に連絡しないのか文句を言ったのですが、後の祭でした。ここモナコは特別な 地域のようで、有名人や大金持ちのセレブが沢山住んでいるようです。 【イタリアへ】 そして、列車でどんどん東へ進み、いよいよ私の大好きなイタリアへ行きました。ま ずは私にとって三度目のミラノへ。ミラノの中央駅は巨大な大理石の建物で、この建 物自体が私には貴重な文化遺産に見えます。ヨーロッパの駅らしく、通過駅ではな く、ターミナルです。日本では、門司港駅しかターミナル駅は見たことありませんが。 駅の正面からの写真を撮ろうとすると、何百メートルも離れないとカメラに収まりませ ん。ビルに例えると、3階くらいの高さの所にホームがあり、30位もの列車のホーム が並んでいる巨大な駅です。 もう24日間の旅の半分以上が過ぎています。私はともかく、かみさんは初めての海 外旅行で、千円のホテルに泊まったり、スペインで入院したりと相当ストレスが溜ま っていたのでしょう。ミラノでのある夜、私たちは些細な事で喧嘩になりました。初め ての夫婦喧嘩です。彼女は怒って私の手を振り払い、どこかへ行ってしまいそうにな ります。日本国内ならそれでいいのですが、ここはイタリアです。しかも、彼女は当然 の如く自分の泊まっているホテルの名前も知りません。要するに、はぐれてしまった ら非常にまずい状態です。二度と会えないかもしれないのです。そこで、冷静な私は 彼女の後を少し離れて追いました。さすが、すけべなイタリア人です。若い日本人女 性である彼女に次から次にイタリア人男性が声をかけるのです。私はハラハラして 見ていました。そして、しばらくして何とか彼女をなだめてホテルまで無事連れて帰っ たのでした。 【水の都ベニス】 次は、ベニスです。私にとっては二度目でした。ベニスの商人で有名なサンマルコ広 場は、今では観光地です。初めてここへ来た時に、日本でも会わない北海道の知人 の医者に、ばったり鐘楼の展望台で会ったのでした。世界中を旅している私ですが、 ミラノの駅でも福岡の知り合いの女性にバッタリ会ったことがあります。その度に、世 界は何て狭いんだろうと思います。今回は新婚旅行だったので、有名なゴンドラに 乗りました。手漕ぎなのに海面を滑るように進んで行きます。ほとんど揺れません。 意外でした。途中で、オーソレミオなんかを歌ってくれて中々風情があっていいもの です。普通のツアー客が必ず乗るだけのことはあります。でも、私にとってはこれが 最初で最後でした。延べ4回もベニスには行きましたが、一人旅が多い私には値段 も安くなく、ゴンドラは見るだけのことが多いのです。 【ザルツブルグ】 列車で東へ向かうと、いつの間にかドイツ語圏のオーストリアです。ここザルツブル グも私にとっては二度目でしたが、こじんまりして好きな町です。もちろん、音楽の都 で、音大のピアノ科を卒業しているかみさんにとっても素敵な町でした。コンサートの 宝庫です。 ここでは、貴重な体験ができました。いつものように、無料でホテルを案内してくれる 駅のインフォーメーションに行ったのですが、運よく「民宿」を紹介してくれました。老 夫婦の経営している民宿でしたが、イメージで言うと、オーストリアと言うよりもスイス の家のようにこじんまりして小ぎれいで、表玄関いっぱいに花が飾られていました。 値段も高くなく、ホームステイのような感覚で思い出深い宿泊先でした。但し、かみさ んにとっては唯一難点があり、お湯がタンクに貯めてあるようで、しばらくお湯を使っ ているとすぐに冷たい水になるようです。結局、髪を洗っていてかなり寒い思いをし たようです。もともとヨーロッパの夏はかなり涼しい所も多いからです。 【花の都、パリ】 ドイツ中心の初めてのヨーロッパ旅行についでの二度目のヨーロッパ旅行の時に、 余り期待していないロンドンとパリも訪問しました。ロンドンは私の偏見通りでした。 有名な料理のまずさは嘘ではありません。グルメである反面、何でも食べられる私 の許容範囲を越えています。街も予想通り暗く、天気と同じでいつもどんよりと曇っ ていました。瀬戸内海生まれの私は、やはり明るい太陽が好きです。英語が通じて 便利だけど、二度と来なくていいと思いましたが、実際あれから25年以上経ってもイ ギリスには行っていません。ヨーロッパ自体には合計10回以上も行っていますが。 ところが、パリは反対でした。ただの大都会だろうと余り期待してなかったのですが、 やはり食べ物は洗練されていておいしいし、街もオシャレです。人もイギリスよりはる かに親切です。プライドの高そうなフランス人ですが、私は必ず片言のフランス語で 挨拶し、それから道を尋ねます。相手の言うことはたいてい聞き取れません。それか ら、遠慮がちに英語に切り替えます。この作戦が有効なのか、フランス人はみんな 親切にしてくれます。英語がわからない振りなんかしません。みんな片言の英語が できます。カナダのフランス語圏のモントリオールでも同じでした。 この新婚旅行中も、同じ要領で楽しく過ごせました。個人的には、栗のクレープが大 好物です。リドのショーにも行きましたが、こちらが本家なのでしょうが、私にはラス ベガスのショーを思い出させてくれました。 【パキスタン航空で帰国の途へ】 いよいよ予定通り、パリから南回りで帰国です。但し、往路と違い、復路はカラチで 一泊するような時間帯が設定されています。きっと外貨獲得のためでしょう。シンガ ポール航空でも同様でした。忙しい人には大変ですが、最初から安ければいい私の ような人間にはむしろありがたいことです。余分な費用を使わずについでにカラチを 見られるからです。 パキスタン航空の機内は、非常にユニークでした。客室乗務員は普通はスチュワー デス、つまり女性なのが常識なのに、ここではスチュワード、つまり男性なのです。 たぶん、宗教上の理由でしょう。それだけでも珍しいのですが、乗務員の勤務態度 がまた日本の常識とは全く違うのです。必要以上に愛想がいいのが、日本の客室 乗務員、スチュワーデスのイメージですが、パキスタン航空の男性乗務員は全く違 います。仕事そっちのけで、日本人の若い女性客の所に入り浸りで、おしゃべりに夢 中です。それどころか、堂々といちゃついています。まぁ、その二人の日本人の女の 子もブレースレットやネックレスの貴金属をちゃらちゃらして少し変わってはいました が。色々な航空会社の飛行機に乗りましたが、これだけインパクトの強い航空会社 はありません。 こうして、24日間の新婚旅行は無事に終わったのでした。
ブッ飛びドクターの海外貧乏旅行記 (11)南米家族旅行 |