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ブッ飛びドクターの海外貧乏旅行記 (12)ベネズエラでの学会 【ビザなしでベネズエラへ】 1992年の秋、私はルンルンとした気分で南米のベネズエラの首都、カラカスで行 われた世界不妊会議へ出かけました。ところが、今回はハプニングだらけの学会旅 行でした。この年の4月に大学の医局、大学病院へ戻った私でしたが、秋にベネズ エラで学会があると知って、すぐに準備にかかりました。もちろん、学会に演題を発 表しないとそんな遠くに行くことはできません。ちょうどいいことに、1986年から19 88年にかけてアメリカ留学した時の研究成果のデータが未発表でした。内容的に は、基礎的な実験データで自信がありました。無事に演題が採択され、学会に参加 できるようになったのでした。 いつものアメリカ方面の旅行のように、航空券やホテルの手配はいつもの東京のア メリカの格安航空券の端末を持つ旅行会社に頼みました。ベネズエラという国はさ すがの私も未知の国であり、知人が行ったことがあり、治安が悪いと言っていたの で、南米でもあるし用心して、私にしては珍しく高級ホテルを予約しました。今回の学 会は珍しく学会の費用が大学から出るのもケチらなかった理由です。そこの旅行会 社で聞くとベネズエラはビザは要らないとのことでした。南米と言えば、当然玄関口 のアメリカのフロリダ経由です。私のAFS高校留学時のホストシスターの Janice が フロリダ半島西海岸、セントピーターズバーグ近くのブラデントンに住んでいます。久 しぶりに会いに行くのが楽しみです。アメリカ方面での学会では、必ず近くの一ヶ所 を選んで学会ついでに友達や知人に会いに行くのが、私のいつものパターンであ り、楽しみなのです。 マイアミ経由でカラカスの空港に着きました。個人的には南米は大好きですが、日 本からはかなり遠いのが欠点です。私の長年の夢は、中国大陸とアメリカ大陸を入 れ替えてアメリカ大陸を近くに持ってくることです。でも、そんなことできるわけありま せん。残念!何故か、空港の中の税関のところにまで学会の関係者が来ています。 ところが、大変!実際はビザが必要な国だったのです。学会から派遣されている若 い女性は南米の人らしく、大丈夫!ケセラ・セラ!の世界です。ビザくらいなくても私 が何とかしてあげるという感じです。確かに、学会の説明にも学会がビザの手配を するとは書いてありましたが、もう来ている訳ですし。さすがの私も不安で一杯でし た。こんなところまで来て、「日本に帰れ」ではあんまりです。学会発表もできませ ん。でも、時間はかかったものの確かに何とか入国は許されました。ちょっと気にか かる点はあったのですが・・・ カラカスに着いて見ると、小ぎれいな都会で私の基準では全然危ない感じはしませ ん。清潔な地下鉄もある百万都市という感じです。学会場のヒルトンホテル近郊も公 園もあり、中々きれいな町でした。ミスコンなど美人で有名な国でもあり、街中には 健康的な美人も沢山います。気に入りました! 【ドクター・サカモト】 学会初日は壮観でした。壇上には、学会の大御所とともに何とベネズエラの大統領 まで列席しているのです。こういう開発途上国ではこういう大きい世界的学会は外貨 獲得の絶好のチャンスとなるので、大統領まで出席となるのでしょう。実際、世界中 から医者や学者が集まり、家族連れで来る人もいますから。日本人の元東大産婦 人科教授の坂元先生も壇上にいました。横文字では同じ Sakamoto です。えっへ ん!隣の外国人の参加者が私の名札を見て、お前のお父さんかと聞くので、適当 にそうだと答えておきました。 入国はできたもののずっと気になっていることがあります。私はスペイン語も遊び程 度に少しかじっているのですが、入国のスタンプのところに 72 horas と書いていま す。たぶん、72 hours の意味です。どう考えても72時間つまり3日間だけの入国許 可としか思えないのです。 幸い、ここは首都のカラカスですから、日本の大使館があるはずなので調べて行き ました。あまり期待はしていなかったのですが、噂どおり本当に大使館は役に立ちま せんでした。ここでは、ビザは出せないと言うのです。そのくせ、ビザが不要だと間違 えた旅行会社の名前を教えろと言うのです。どうせ偉そうに厳重に注意するだけで しょうから、私は教えませんでした。私に言わせれば、そんならあんたらは何のため に外国で働いているのと言いたいくらいです。無駄な労力でした。 それで、学会の受付に行って交渉すると、パスポートを預けろと言うのです。ちょっと 不安でしたが、何とかしてくれると言うのを信じるしかありません。大統領が出席した くらいの立派な学会を信じるしかありません。さすがに落ち着かずに、毎日受け付け に行って、まだかまだかと催促しました。結局、ほとんどギリギリ最終日近くになって ビザが発行され、違法でなく堂々と滞在できるようになりました。 【クーデター騒ぎ】 ビザのことでは少し慌てましたが、学会自体は順調で無事に自分の発表もこなしま したし、私の留学時のボスの友人でもあるアメリカ人の著名な女性学者には質問も しました。少しは市内観光もしましたが、治安もそこまで悪くなさそうですし、普通に きれいな大都市という印象でした。 さぁ、今日はビザの心配もなくなったし、堂々と出国の朝です。フロリダ半島のマイア ミへ飛び、乗り換えてジャニスの住むブラデントンへ遊びに行く日です。テレビをつけ ると銃を持った兵隊さんが映っています。少し不安がよぎります。でも、バスでカラカ ス国際空港へ向かいます。 空港へ着くと、どうも様子が変です。銃を持った兵隊さんが沢山います。スペインの 駅を思い出しました。でも、兵隊さんの数が多過ぎます。どうもただ事ではない雰囲 気です。英語のわかりそうな人に尋ねると、どうもクーデター騒ぎらしいです。学会 初日に壇上にいたあの大統領が拘束されたらしいのです。しかも、空港は閉鎖らしく 飛行機は朝から飛んでないらしいのです。私は命の危険は感じませんでしたが、や ばいなぁと感じていました。こんな所で足止めを食ったら、フロリダで遊ぶ時間がなく なってしまう。後で、日本人の学会参加者から聞いたら、空港へ行く途中空爆が見え て怖かったと言っていました。 しばらくすると、学会場で見覚えのあるアルゼンチンの美人医師がいました。英語が わかるはずなので空港再開の見通しを彼女に聞くと、「さぁ、1ヶ月くらいじゃない。」 と呑気な話しです。さすがに、ラテンの人は気が長い。冗談じゃないよとさすがの私 もあせりました。そして、珍しく日本にいるかみさんに「大変なことになった!クーデタ ーで空港閉鎖になったので出国できなくなった!」と電話しました。これが、間違いで した。 空港近くの安ホテルへチェックインしましたが、当然の事ながらテレビはスペイン語 の放送だけです。相変わらず銃を持った兵隊さんが映っていますが、何が起こって いるのか皆目わかりません。さすがに、しばらく考えて、一泊数万円もする普段なら 一考だにしない高級ホテル、シェラトンホテルにチェックインしなおしました。もちろ ん、英語のCNN放送を見るためです。少しでも、クーデターの情報を知りたかった のです。せっかくプール付きの高級ホテルに宿泊したのですが、さすがに気分的に 泳ぐ気になれません。 【無事に出国し米国へ】 翌日は、確信はないものの、一応ホテルはチェックアウトして、空港で待つことにしま した。CNNの放送でも、クーデターが解除とかいう状況ではなさそうです。相変わら ず空港には銃を持った兵隊さんがいます。あきらめている人が多いのか、意外と空 港内は平静で混雑はありません。少しずつ、状況がわかってきましたが、幸いアメリ カ系の飛行機から少しずつ、運行を再開したようです。私のチケットは、アメリカン航 空のカラチ・マイアミ便です。5〜6時間待ちましたが、何とかこの日のうちに無事に 出国できました。やったぁ〜、後はクーデターがどうなろうと私には関係ありません。 マイアミまで着けば、こちらの計画通りです。1日半遅れましたが、マイアミからタン パまで飛び、いつものようにレンタカーでジャニスの待つブラデントンへ行きました。 6年ぶりの再会です。二人の子供たちも大分大きくなっています。男兄弟、しかも兄 しかいない私にとっては、ジャニスは実の妹のような大切な存在です。だんなの Doug も同じ高校(留学先)でしたから、その頃からよく知っています。 【東大名誉教授を電話で叱ったかみさん】 再会を堪能した私は帰国の途へつき、乗り換えの西海岸の空港から珍しく家へ電 話しました。単なる気まぐれで、お土産に何を買おうか相談しようと思ったからです。 ところが、電話が繋がるなり、いきなりかみさんから怒鳴りつけられました。「どれだ け心配したと思っているの!」そうでした。クーデターで出国できなくなったと電話し たきり、フロリダに着いて安心して遊び回っていた私は、一度も家に無事だと言う電 話をしていないのでした。さすがに、今回は100%私が悪いので平謝りです。 後日談ですが、かみさんは私の電話でベネズエラがクーデターと知り、日本の新聞 にも爆撃シーンの写真も出ていたそうで安否を心配したそうです。いつものように、 私の滞在先のホテル等の情報は何も残してないので、心配して大学の医局にも聞 いたそうですが、誰も知りません。私からそれ以降連絡がないので、本当に心配し て、あちこち手をつくして学会場のヒルトンホテルに国際電話したそうです。すると、 そこには日本人のDr.サカモトがいて電話が繋がったそうです。心配していた彼女 はいきなり怒鳴りつけたそうです。どれだけ心配したかと。ところが、しばらくするとど うも私とは違うことに気がついたそうです。そうです。彼女が怒鳴りつけた相手は何 とあの学会の壇上にいた坂元教授でした。ちなみにこの教授は東大在籍時に美智 子妃殿下のお産を取り上げられた高名な方でした。いくら私が全面的に悪いとは言 え、うちのかみさんはこういう高名な方に一方的に国際電話で怒鳴りつけたのでし た。人違いでしたが。
ブッ飛びドクターの海外貧乏旅行記 (13)東洋のラスベガス、マカオへ |