ブッ飛びドクターの海外貧乏旅行記(7)
ユングフラウ

空飛ぶドクター





【まずはインターラーケンへ】
平成19年6月21日から6日間の駆け足で、スイス・アルプスのユングフラウへ行っ
て来ました。以前から漠然と聞いていた高山病の患者が多そうだと言う噂の真偽を
確認したかったからです。そして、できれば患者の治療をしてみようと思ったので
す。もちろん、自分自身の観光を兼ねているので、失敗してもともとです。それと、実
際に行ってみないと詳しい地理や状況がわかりません。私は経験主義で実際に自
分の目で見ることを大事にします。ただ単に好奇心が強く、自分の目で見ないと納
得できないのです。

今回の格安航空券は、結局いつもの日本航空が中心で、ヨーロッパの移動のみ
が、スイス航空でした。行きは、日航で福岡、成田、パリ、そしてスイス航空でチュー
リッヒです。乗り継ぎが多いのはいつものことですが、仕方がありません。地方都
市、福岡の宿命です。それで嫌な予感がしていたのですが、やはり予感が当たって
しまいました。乗り継ぎが多いほどリスクが増えるのですが、福岡空港で預けた荷
物がチューリッヒの空港で出て来ないのです。三男の荷物が出て来なかった二年前
以来です。係りに聞くと、パリに積み残されたようです。今晩中にインターラーケンま
で列車で行きたいので、ホテルの住所を書いて手荷物のみで行かざるをえません。
少し予定より遅れたものの、何とか真夜中前にホテルに着きました。

翌朝、目が覚めると山に囲まれたスイスらしい光景が見えます。名前はわかりませ
んが、頂上に雪の残った高い山も見えます。でも、力が入りません。本来なら、早速
登山列車で一番高いユングフラウに一日中いて、高山病の患者を捜す予定なの
に、肝心の荷物が手元にありません。薬(ダイアモックス)やダウンジャケットや看板
がありません。仕方がないので、あまり寒くない麓で観光することにします。まずは
ケーブルカーでハルダー・クルムへ登ります。インターラーケン(湖間)の名前の由
来の二つの湖に囲まれたインターラーケンの町が、見下ろせます。二つの湖は少し
白濁しているもののコバルトグリーン色でとってもきれいです。山と湖、これだけで絵
になります。次に、日本人には有名なグリンデルワルトの町へ行きました。インター
ラーケンの町と同じく日本人観光客がかなりいそうです。期待は膨らみます。私の今
回の高山病の治療のターゲットは日本人だからです。日本語の看板を準備していま
す。いかにも、スイスらしい斜面に建つ家々が見えるレストランで食事をしました。イ
タリアとは比べ物になりませんが、まぁまぁの食事です。

それでも時間が余るので、可愛い登山列車で登って行くシーニゲ・プラッテへも登り
ました。ここは、2千メートルくらいで、まだ涼しい程度です。このくらいの高さでは高
山病は余り心配ありませんが、翌日のユングフラウに備えて今日から予防薬として
のダイアモックスを自分自身内服しています。肝心の自分がまた高山病にかかった
ら、他人の診察どころではありません。シャレにもなりません。あいにくの小雨でした
が、それでもアルプスの山々を堪能することはできました。



夜は少し元気が出ました。最近のヨーロッパはどこに行ってもカジノがあるからで
す。ベニス、ブリュッセル、バーデンバーデン、今回のインターラーケン、規模は小さ
いものの私の好きなブラックジャックがかろうじて2テーブルあります。ここインターラ
ーケン周辺はスイスでもドイツ語圏で、前回のバーデンバーデンに引き続いて、ドイ
ツ語が役に立ちます。ブラックジャックに必要な21までの数字くらいは楽勝で聞き取
れます。但し、大抵はディーラーの方が英語で数えてくれますが。日本人がドイツ語
ができるとは思わないからです。いつものように入場にパスポートが要ります。もう
最近は慣れっこになったので、準備万端です。国境を越えるのにほとんどパスポー
トも見ないヨーロッパでは、パスポートはカジノに入場するためにあります(?)。幸
い、ここはネクタイ等の正装は要求されません。不安でたまらなかったのですが、夜
遅くホテルに戻るとようやく飛行機に預けた荷物が無事に部屋に届いていました。よ
かった!

【いよいよユングフラウへ】
3日目の朝、いよいよユングフラウへ登ります。しかし、実は今日は夕方までに温泉
のロイカーバートに行くために午前中しかユングフラウには滞在できません。しか
も、思ったよりインターラーケンから登山列車で終点のユングフラウまで時間がかか
るのです。二通りのルートで二回乗り換えて行けるのですが、最後のクライネシャイ
デックからは同じ列車で、いずれにせよ3時間近くかかります。昨日行ったばかりの
グリンデルワルト経由でない、ラウターブルンネン経由で登りました。途中で、聞い
た事のある知名のヴェンゲンの町を通過します。いかにもアルプスの町です。町自
体が絵になります。山に囲まれ、緑の高原の斜面にオレンジ色の屋根のかわいい
家々が並んでいます。クライネシャイデックに着いても、まだ2千メートル程度で大丈
夫ですが、有名なアイガー北壁、メンク、ユングフラウが左から順に並んで目の前で
す。アイガー北壁は遭難者が多いので有名ですが、さすがに雪も積もらない絶壁
で、どす黒く見えます。よくこんな所を登るものです。あきれてしまいます。持参した
パルス・オキシメーターで自分の末梢血酸素飽和度を計るとまだ92%程度はあり
ます。参考までに書くと、平地の正常値は95%以上で、90%を切ると、平地では確
実に酸素吸入が必要です。



クライネシャイデックからはほとんど、アイガーの中を貫通するのでトンネルの中で
何も見えません。どんどん標高だけ上がり、終点のユングフラウヨッホ駅では3500
メートル近くになります。自分の酸素飽和度を計るといよいよ85から88%程度にま
で下がっています。持参した標高計・気圧計で測ると気圧は平地の2/3まで低下し
ています。もちろん酸素も相当薄いです。でも、薬を飲んでいるせいもあり頭痛等の
高山病の症状はありません。でも、軽い副作用と思われる顔と手先の少しピリピリし
た感じはあります。駅を出ると室内のままで、待合室風の場所があり、喫茶コーナー
とお土産屋があり、そこがツアー客の集合場所になっている中心の場所のようでし
た。窓から見ると外は雪山です。ここで、私の想像が間違っていたことに気がつきま
した。ユングフラウの山のほぼ頂上のユングフラウヨッホは夏でも雪山でほぼ摂氏0
度近くで、とても外で座って患者を待つような環境ではありません。



とにかく、まずは全体の状況を理解するためにも、自分自身が観光しました。まず
は、エレベーターを登り、氷の宮殿を見ました。通路の途中からは外への出口があ
りプラトーと呼ばれる展望台まで行って雪の感触を確かめられます。次に、元の場
所に戻りトンネルのような道を50メートル程歩き、スフィンクス・テラスへエレベータ
ーで上ると標高3573メートルの展望台です。幸い天気もよく屋外に出られます。目
の前に白く大きな山塊のユングフラウがあります。周りから、日本語で多くの感嘆の
言葉が聞こえてきます。聞いていた通り、日本人観光客は多そうです。

【ロイカーバート温泉へ】
そうこうしている内に、時間が余り無くなり1時間くらいしかなくなったので、今日は看
板を立てて患者を待つのを諦めました。下山して、インターラーケンに戻り、シュピー
ツ、ブリーク、ロイケと列車を乗り継ぎ、最後はバスでロイカーバートへ着きました。
ビックリしたのはこんな所でも中年日本人女性のグループを見かけたことです。彼女
等はロイカーバートからゲンミ峠越えをするようです。私の目的地のロイカーバート
はアルプスのゲンミ峠のすぐそばにある小さな町です。まず、自分のホテルの温泉
に入るはずでしたが、肝心の水着を持ってくるのを忘れ、しかも土曜日の5時過ぎで
店もちょうど閉まっていて水着が買えません。しかもこのホテルの温泉は水着のレン
タルがないので、どんな温泉施設か見学だけしました。そして、調べてあった一番大
きそうな公共の温泉まで歩いて行きました。そこでは、水着とバスタオルをレンタル
して入浴しました。入浴料がすごく高いなぁと思ったら、レンタルの保証金(預かり
金)が入っているからでした。スイスの温泉は初めてですが、ハンガリー、イタリア、
ドイツの温泉とほとんど同じです。水着を着て男女混浴なので、隠す必要がなく、眼
前のゲンミ峠の絶壁を見ながらの豪快な景色を楽しみながらの入浴です。もちろ
ん、歩行浴、ジェット浴、泡風呂、打たせ湯等あります。ただ、ここはサウナは別料金
のようでした。とにかく、眺めの良さは最高で、リラックスできます。いかにもスイス・
アルプスの温泉という感じです。夏時間のせいもあり、スイスの夏も日が長く、温浴
施設が閉まる夜9時になってもまだ空は明るいです。



夕飯は珍しく一人分で注文できるチーズフォンデューの店を見つけました。おいしか
ったのですが、たぶんワインが相当入っているらしく、下戸の私には睡魔が襲ってき
ました。

【再びユングフラウへ】
翌朝は、昨日と同じルートを反対方向へ急いでインターラーケンへ戻りました。そし
て、そのまま今度はグリンデルワルト経由でユングフラウヨッホまで登りました。お陰
で1時過ぎには到着し、まずは標高3500メートルのレストランでゆっくり食事をしま
した。ここユングフラウヨッホにあるいくつかのレストランの中でも一番本格的なレス
トランのようで、味も雰囲気も中々でした。

そして、いよいよ昨日決めていた待合室風の場所で、カメラの三脚にくくりつける形
で用意していた看板を立てました。でも、自分で見ても今一です。何せ屋外のイメー
ジで遠くからでも見えることだけを考えていたので、「頭痛」、「吐き気」、「高山病」、
「特効薬」とだけ大きな字で書いています。途中で、近くにいた日本人から笑われま
した。どうも怪しい!怪しげな薬売りにしか見えなさそうです。でも、今更書き換える
こともできません。とにかく、本を読みながらずっと看板のそばで待機していました。
何の反応もありません。ただ、気になるのは、回りを見回しても意外とみんな元気そ
うです。頭痛や吐き気のありそうな人もいません。むしろ、60代、70代の人が元気
に歩き回っています。失敗か?

                 

一人だけ若い女性が近づいてきました。予想通り、現地のツアーガイドさんでした。
「特効薬とはダイアモックスのことですか?」と聞かれたので、そうですと答えまし
た。彼女曰く、麓の2千メートルくらいの所でハイキングしてもみなさんどうもないし、
ユングフラウヨッホは3500メートルあるけど、日本人観光客はせいぜい数時間しか
滞在しないので意外と高山病になる人は少ないかもしれないとの意見でした。ガック
リ!結局この日は最終下り電車の6時頃までの4時間粘りましたが、何の反応もな
しの全くの空振りでした。

この日はさんざんでした。インターラーケンに戻り入ったレストランは大はずれでし
た。味がピンボケしていました。イギリスほどではないですが。名物のジャガイモ料
理 (Roesti) も本来ハンガリー料理のグーラッシュもおいしくない。夫々、それなりに
料理はしているのですが、どうも味付けのセンスが悪いのです。一昨日に続いて行
ったカジノでも負け、一昨日の勝ちがチャラになりました。いよいよ明日は最終日で
す。

【ユングフラウ最終日】
早くも最終日で、夜のチューリッヒの便に乗るためには、朝早くユングフラウヨッホへ
登っても2時間ちょっとしか時間がありません。ちょっと迷ったけど、やはり行くことに
しました。登山列車でスイス人の老夫婦と一緒になり、少しだけドイツ語で会話をし
ました。我ながら20〜30年前に一生懸命勉強したのがいまだに役立ちます。最近
勉強を始めたイタリア語よりも少しは喋れます。クライネシャイデックからの最後の
登りの電車で日本人の家族連れで20代の息子さんが気分が悪そうでした。声をか
けようか迷いましたが、止めました。

前日と同じ場所で同じ看板を立てました。我ながら今一ですが、仕方がありません。
韓国人の中年の女性が完全な高山病で頭痛でかなり苦しそうです。でも、英語もわ
からなさそうです。近くにいた孫娘がげぇげぇ吐きました。彼女も高山病と思われま
す。でも、診察には結びつきません。しばらくすると、日本人の60代の女性で頭痛を
訴えている人が近くにいます。どうも、添乗員が普通の頭痛薬で様子を見るように言
っているようです。高山病の頭痛は発症機序が違うので、一般の鎮痛薬では余り効
かないはずですが。私が医者で高山病の薬を持っていると声をかけて見ましたが、
どうも怪しがられて断わられました。やはり、看板が大失敗の原因のようです。この
最終日は少しは患者さんはいそうでしたが、診察には結びつかず時間がきたのであ
きらめて下山しました。結局、今回の旅は「高山病の治療」という意味では大失敗で
した。敗因はやはり稚拙な看板でしょう。でも、もちろんこの旅を後悔していません。
スイスには、バーゼル、チューリッヒ、ジュネーブの都市を訪れた記憶があります
が、アルプスの山は初めてです。それなりに楽しい旅でした。インターラーケンの駅
では時間があったので、駅のスタンドの軽食店のソーセージとグーラッシュを頼みま
したが、軽い昼食なのに前夜のレストランよりははるかにおいしかったです。

インターラーケンからチューリッヒ空港まで列車で直接行けるので便利です。チュー
リッヒ中央駅から空港駅までわずか10分程度です。帰りは、パリでなくフランクフル
トからの成田行きです。金髪の美人スチュワーデスと話しをしていて、英語がアメリ
カ英語でないのでイギリス人かと聞いたら、ドイツ人と答えます。バカでした。フラン
クフルト便ですから、当然ドイツ人です。それで、少しドイツ語で話しをすると喜んでく
れました。で、いつものように限界を感じて、疲れてきたところで英語に切り替えてお
しゃべりを楽しみました。これが私の特技です。お陰でドイツ語の練習にもなるし、難
しい話は英語ですればいいのです。安いエコノミークラスでも、彼女らが暇な時間帯
を見計らって控え室近辺へ行くと、結構話し相手をしてくれます。

成田では、計画的でなく全くの偶然なのですが、一年間のアメリカのシアトルのAFS
高校留学から帰国する次男とほぼ同じ時刻に成田空港に到着するので、私の携帯
電話に電話をさせ空港で会いました。しばらく、食事をしながら色々なアメリカでの経
験を聞きました。でも、息子は2日間程東京見物をしたいとのことで、私だけ夜の便
で福岡まで先に帰って来ました。






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